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東京高等裁判所 平成10年(ネ)4149号 判決

控訴人兼附帯被控訴人 花澤道子(以下「控訴人道子」という。)

控訴人 有限会社花沢自動車整備工場 (以下「控訴人会社」という。)

右代表者清算人 花澤満雄

右両名訴訟代理人弁護士 千原曜

同 奈良次郎

被控訴人兼附帯控訴人 木更津三商オート株式会社 (以下「被控訴人」という。)

右代表者代表取締役 花澤義雄

右訴訟代理人弁護士 高橋勲

主文

一  控訴人道子の本件控訴を棄却する。

二  控訴人会社の控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決の主文第二及び第三項を次のとおり変更する。

三  控訴人道子は、原判決別紙物件目録記載の土地についての千葉地方法務局木更津支局平成二年一月二五日受付第一六六七号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

四  控訴人会社は、被控訴人に対し、金四一〇一万六六二〇円及びこれに対する平成六年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被控訴人の控訴人会社に対するその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人に生じた費用の五分の一及び控訴人道子に生じた費用の全部を控訴人道子の負担とし、被控訴人に生じた費用の五分の二と控訴人会社に生じた費用の二分の一を控訴人会社の負担とし、被控訴人及び控訴人会社に生じたその余の費用を被控訴人の負担とする。

七  この判決は、第四項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  附帯控訴棄却

二  被控訴人

1  控訴棄却

(控訴人道子に対する訴の一部交換的変更)

2  原判決中、主文第二項を取り消す。

3  控訴人道子は、原判決別紙物件目録記載の土地(本件土地)についての千葉地方法務局木更津支局平成二年一月二五日受付第一六六七号所有権移転登記(本件登記)の抹消登記手続をせよ。

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人が、控訴人会社に対し七六六〇万九七九二円の債権を有しているとしてその支払を求め、また控訴人会社が唯一資産価値のある本件土地を代表取締役花澤満雄の妻である控訴人道子に平成二年一月二五日付で譲渡したのは詐害行為であるとして、控訴人道子に対し、詐害行為取消権に基づいて右譲渡の取消しと、同人がその後本件土地を千葉県に売り渡したことから価格賠償として前記債権額と同額の金員の支払を求めた事案である。

原判決は被控訴人の請求をすべて認容したので、控訴人らが不服を申し立て、被控訴人は附帯控訴として、控訴人道子に対する訴の一部を交換的に変更して、価格賠償ではなく本件登記の抹消登記手続を求めた。

二  右のほかの当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

1 消滅時効の援用と権利濫用について

原判決が、被控訴人主張の債権についての控訴人らの消滅時効の援用を権利の濫用としたのは誤りである。

被控訴人は、控訴人会社の倒産処理を担当した弁護士による清算の見通しがある旨の説明を信頼し、控訴人会社所有地の値上がりを期待していたことなどから、債権回収のための具体的手段を講じなかったと主張する。しかし、清算の見通しは、土地値上がりの期待と共に、被控訴人の内心の期待や願望にすぎない。また本件土地が買収されることは直前まで明らかでなく、買収代金九億円の中には他の土地の代金や営業補償、施設補償も含まれていて、本件土地の分はほんの一部にすぎない。本件では、被控訴人は、十分に時効中断の手段を取り得たのに、自らなすべき債権管理を怠ったものである。しかも、被控訴人は昭和五九年以降営業を停止して休眠会社となっており、そもそも控訴人会社に対する債権の回収を図る必要もなかったものである。

一方、別訴である仮処分異議訴訟で控訴人道子が消滅時効を援用しなかったからといって、本件訴訟での援用が権利濫用となることはない。また本件訴訟の原審の終局段階でこれを援用したとしても、新たな証拠調べを要するわけではなく、そのために審理を遅延させるものでもない。

2 被控訴人の時効中断の主張に対して

(一) 本件における仮処分申立ては時効中断事由となりえない。

債権者が受益者を相手取って詐害行為取消の訴を提起した場合、その基礎となる債権について時効中断の効力は生じないとするのが判例である(最高裁昭和三五年(オ)第六四六号昭和三七年一〇月一二日第二小法廷判決・民集一六巻一〇号二一三〇頁)。被控訴人は、平成二年三月一五日、受益者である控訴人道子を債務者として、詐害行為取消権に基づいて本件土地の処分禁止の仮処分(本件仮処分)を申し立てたが、これはその基礎となる債権の消滅時効を中断するものではない。

被控訴人は、右判例と事案を異にするとして、本件の個別事情を云々する。しかし、花澤満雄と控訴人会社、控訴人道子は別人格であり、財産の移動は各当事者の意思決定でなされたものである。法人格の相違を無視して、控訴人らが実質的に同一であるとする被控訴人の主張は乱暴である。また、本件仮処分申立ての事実を控訴人会社に通知するのには何の支障もなかった。前記判例の事案と比較しても、本件の方が被控訴人を保護すべき事情が少ない。これに対し、控訴人会社に対する通知や訴訟の提起等がされないため、控訴人会社は反対債権に関する資料や税務・会計書類を廃棄してしまい、その立証ができずに防御権を侵害されている。

(二) 本件仮処分の被保全権利と時効中断の範囲について

本件仮処分の被保全権利の基礎とされた債権は、①昭和五九年七月一三日付確認書によって確認された債権額七〇三九万七七五二円のうち残債権額二九四八万七〇一二円、②同年六年一日付確認書によって確認された債権額四三九七万九六五二円のうち残債権額二七二三万八〇〇〇円、③控訴人会社振出にかかる約束手形の残債権二六七六万三五三五円のいずれも手形債権である。

しかるに、被控訴人は、本件仮処分についての異議訴訟において、その後に新たに合計一七九八万六〇一二円の債権が発生したと主張し、同訴訟の判決でもこれが被控訴人の債権として認められている。しかしながら、この新規増額分の債権は本件仮処分決定の被保全権利の基礎とはされなかったものである。このような別個の債権については別途保全処分を申請すべきであり、すでに発令された仮処分に後で加えることは許されない。したがって、この新規増額分は、本件仮処分の被保全権利の基礎としても適格を欠くものであって、仮に本件仮処分によって時効が中断することがあるとしてもその対象にはならない。

また、本件仮処分で被保全権利の基礎とされた具体的な手形債権は、被控訴人が時効中断の効果を主張するような多数の細分化された約束手形債権ではない。額面四六五六万〇七五二円と二〇八三万七〇〇〇円という高額の手形二通であって、仮処分による時効中断があるとしても、被控訴人主張の細分化された多数の約束手形債権にその効果が及ぶことはない。

(三) 一部弁済による中断の主張に対して

被控訴人の主張する一部弁済は、いずれも控訴人会社とは別人格の花澤満雄や手形を振出した第三者による弁済であって、中断事由とはならない。また、花澤満雄がその賃料債権との相殺に同意したり、控訴人会社が手形を決済した事実もない。

(被控訴人の当審における主張)

1 消滅時効の援用は、信義則に反し権利濫用である。

控訴人会社が昭和五九年一〇月に手形不渡りを出した時点では、その債務は約六億円に達していたが、会社としての実体はなくなり、仮に請求しても到底弁済を受けられるものでなかった。また被控訴人の債権については、すでに控訴人会社との間で確認書を取り交わしてあった。そして、当時、東京湾横断道路の建設計画が具体化しており、その予定地に近接する本件土地を含む控訴人会社所有地がいずれ値上がりするであろうことは十分に予想されていた。さらに昭和六二年一〇月ころには、被控訴人は、控訴人会社の倒産処理を担当していた弁護士から清算の見通しがあるとして協力の申入れを受け、また昭和六三年夏ころには、営業譲渡方式によって被控訴人への債務の弁済が可能であるとの説明も受けていた。被控訴人としてはこれによっていずれその債権の弁済を得られるものと考え、兄弟会社という関係も考慮して積極的な債権回収に踏み切らなかったのである。ところが、その間に控訴人会社はその所有地を他に担保提供し、最後に残っていた本件土地も控訴人道子に譲渡してしまった。

右のような経過で、被控訴人が控訴人会社による任意の弁済を期待して、法的な請求手続に出なかったとしても、やむを得ないというべきである。しかるに、本件土地等の高騰により控訴人らや花澤満雄は多大の利益を得ながら、不当にも被控訴人に対する債務は一切弁済しようとしないのが本件の実態である。

控訴人らは、被控訴人が休眠会社であるというが、それは控訴人会社に対する多額の債権が回収できないため、税務対策上及び信用上の措置として、営業を新たに設立した別会社に移行して行っているにすぎない。本件債権の回収の必要性は依然として存するのである。

2 時効中断の主張

(一) 被控訴人は平成二年三月一五日、千葉地方裁判所木更津支部に対し、控訴人道子を債務者として、詐害行為取消権に基づいて本件土地の処分禁止の仮処分を申し立てた。

(二) 控訴人らは、詐害行為の受益者を債務者とする仮処分によってはその基礎となった債権について時効中断の効果は生じないと主張する。しかし、消滅時効は債権者に権利行使の意思及び事実のないことを理由に権利を消滅させるものであるから、必ずしも直接的に債務者に対する行為でなくとも、債権者に権利行使の意思と事実が認められれば消滅時効は完成しないというべきである。したがって、詐害行為によって債務者の財産を得た受益者に対する詐害行為取消の訴の提起や仮処分の申立てには、その基礎となっている債権の消滅時効の中断の効力を認めるべきである。

(三) また、次のような控訴人会社代表者と控訴人道子との関係、本件訴訟に関係する当事者間の一連の訴訟の経過や控訴人会社の対応からすれば、本件仮処分の申立てが時効中断事由とならないのは非常識で条理に適わない。前記判例を形式的に本件に当て嵌めるのは不当である。

ア 控訴人道子は控訴人会社の代表者である花澤満雄の妻であり、本件土地の取得やその所有名義の控訴人道子への移転などは、すべて花澤満雄の手によってなされたものである。したがって、本件仮処分は形式上は債務者を控訴人道子としているが、実質的には花澤満雄を代表者とする控訴人会社に対する債権の行使とみるべきである。

イ 本件仮処分申立ての後、被控訴人は平成二年五月七日、控訴人会社を相手方として貸金請求の民事調停を申し立てた。一方、控訴人道子は同年六月一一日仮処分異議の申立てを行い、以後平成五年三月一七日の判決言渡しまで、被控訴人の控訴人会社に対する債権の存否、内容を最大の争点として審理が続けられた。花澤満雄は、控訴人会社の代表者であり、また本件土地の実質上の取得者として、右の調停期日や口頭弁論期日の殆どに出頭し、実質的な当事者として行動した。

ウ 平成五年八月二三日、控訴人会社は、被控訴人を被告として、被控訴人が控訴人会社から買い受けた千葉市浜野の土地等について、所有権移転登記の抹消登記手続等を求める訴訟を提起したが、この事件でも被控訴人の控訴人会社に対する債権の存否、内容が最大の争点となって審理が続けられている。

(四) 仮に本件仮処分に時効中断の効力がないとしても、少なくとも仮処分申立てとそれに続く仮処分異議訴訟は裁判上の催告にあたると解すべきである。そして、被控訴人は、前項ウ記載の訴訟において、平成六年三月一五日付準備書面で本件訴訟で請求している債権の存在を主張したが、これは訴の提起と同視すべきものであり、これにより時効は中断した。

(五) 控訴人らは平成九年一二月一五日付準備書面において、本件仮処分が時効中断事由となることを認めたが、これは裁判上の自白に該当する。したがって、本件仮処分が時効中断事由にならない旨の主張は自白の撤回であり、異議がある。

また、右陳述は、時効利益の放棄に準じて、本件仮処分申立て以降に消滅時効の完成する債権については、それまで進行した時効期間の効力を失わせ、信義則により時効援用権喪失の効果を生じるものである。

(六) 平成六年八月一九日、控訴人会社代表者花澤満雄は、被控訴人に対し、二〇〇〇万円を支払う旨の提案を含む合意書なる書面を交付した。これは本件仮処分が実質的には被控訴人の控訴人会社に対する権利行使であることの自覚を示すものである。また同時に、その時点での時効の利益を二〇〇〇万円の範囲で放棄する意思表示である。仮に、時効の完成の認識を伴わないものとしても、信義則により時効の援用権を喪失したものと解すべきである。

3 本件仮処分により時効が中断された債権

本件仮処分の申立てをした平成二年三月一五日までに時効消滅した債権があるとしても、なお次のとおり四八八九万六六二〇円の債権が残っている。

(一) 京菱自動車販売株式会社(京菱自動車販売)振出の融通手形の割引契約による被控訴人の控訴人会社に対する買戻請求権のうち、昭和六〇年三月一五日以降に満期が到来して被控訴人が買戻した分三九四万六〇〇〇円(別紙約束手形一覧表(一))。

同じく有限会社古川自動車販売(古川自動車販売)振出の融通手形の割引契約による被控訴人の控訴人会社に対する買戻金請求権のうち、昭和六〇年三月一五日以降に満期が到来して被控訴人が買戻した分一六五六万七七二〇円(別紙約束手形一覧表(二))。

(二) 控訴人会社が自ら振出した融通手形で被控訴人が買戻したもののうち、満期が昭和六〇年三月一五日以降の分九二七万円(別紙約束手形一覧表(三))。

(三) 控訴人会社が従業員や顧客の名義で振出した融通手形で被控訴人が買戻したもののうち、満期が昭和六〇年三月一五日以降の分一一二三万二九〇〇円(別紙約束手形一覧表(四))。

(四) 控訴人会社振出の約束手形八通(額面合計七八八万円)の所持人篠田重幸に対し、控訴人会社との合意に基づいて昭和六一年一二月末日までに被控訴人が代位弁済したことによる求償債権七八八万円。

4 附帯控訴による訴の一部交換的変更

被控訴人は、本件土地が千葉県により買収されたことから、原審においては、控訴人道子に対し価格賠償として控訴人会社に対する債権額と同額の金員の支払を求めた。しかし、右買収は、被控訴人が本件仮処分を執行した後に、控訴人道子が仮処分解放金を供託してその執行処分の取消しを得て行われたものである。したがって、本件訴訟では本件土地がそのまま存在するものとして進めるべきであるので、被控訴人はその請求を価格賠償ではなく本件登記の抹消請求に一部交換的に変更し、附帯控訴として価格賠償を命じた原判決の主文二項の取消しと本件登記の抹消を求める。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人の控訴人道子に対する詐害行為取消請求及び当審で交換的に変更された本件登記の抹消請求は理由があり、被控訴人の控訴人会社に対する請求は金四一〇一万六六二〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

1  被控訴人の控訴人会社に対する債権について

争いのない事実、《証拠省略》によれば、原判決の理由二の1ないし5記載の各事実が認められる。

したがって、被控訴人は、平成六年一月七日時点で、控訴人に対し七六六〇万九七九二円の債権を有しており、本件登記がされた平成二年一月二五日当時には右金額以上の債権を有していたこととなる。

2  消滅時効の援用が信義則に反し権利濫用となるか。

(一) 被控訴人は、控訴人らが本件訴訟において、被控訴人の有する右債権について消滅時効を援用することが信義則に反し、権利の濫用であると主張する。

その事情として、被控訴人は、控訴人会社の倒産処理を担当していた弁護士から清算あるいは被控訴人への営業譲渡方式による処理の可能性のあることを示唆されていたため、いずれ弁済を受けうるものと考えていたという。しかし、そのような検討がなされたことは窺えるものの、その具体的内容を認めうる証拠はない。したがってこれをもって被控訴人が控訴人に対し前記債務の支払義務を認め、被控訴人に確実にその履行がされるものとの期待を抱かせたものということはできない。

また、被控訴人は、控訴人会社の所有する土地の値上がりを期待していたとか、兄弟会社という関係から他の債権者を差し置いて債権回収に動けなかったなどとも主張する。しかし、いずれも債権の回収もしくは保全を困難とする事情とはいいがたい。そればかりか、《証拠省略》によれば、被控訴人は、控訴人会社のいわゆるダミー会社である古川自動車販売や京菱自動車販売が手形不渡りを出した昭和五九年六月ころには、いずれ控訴人会社の倒産のおそれが高いと判断して、控訴人会社から被控訴人の有する債権についての確認書を徴求したり、控訴人会社が所有する土地や建物の一部、機械、備品等について売買契約を結び、被控訴人の有する債権をもってその代金の支払に充当することによって事実上債権の回収を図っていることが認められるのであって、被控訴人の右主張も認められない。

(二) 消滅時効の主張が、被控訴人と控訴人道子との間の仮処分異議訴訟においてされなかったからといって、本件訴訟における時効の援用を妨げるものではない。

また、本件訴訟の原審における審理の最後の段階で右援用がされた点も、訴訟手続上、時機に遅れた攻撃防御方法として問題となることがあるとしても、消滅時効の援用自体を権利濫用とするものではない。そして、被控訴人の時機に遅れた攻撃防御方法による却下の申立てについては、当裁判所も原判決と同様、訴訟の遅延を来すものとは認められず、理由がないと考える。

(三) 被控訴人の主張するその他の事情も、いずれも控訴人らの消滅時効の援用を権利の濫用とするものではなく、したがって、本件における控訴人らの消滅時効の援用をもって信義則に反し、あるいは権利の濫用ということはできない。

3  消滅時効の中断の主張について

(一) 一部弁済による時効中断の主張について

被控訴人は、花澤満雄との間で、同人が控訴人会社振出の約束手形合計九八八万円について保証したことによる被控訴人の保証債権と、花澤満雄が被控訴人にその所有の工場建物を賃貸していたことによる月額一〇万円の割合の賃料債権とを対当額で相殺する契約を結び、これに基づいて平成元年三月末日まで相殺処理がなされたと主張する。しかし、仮に保証人ないし連帯保証人が債権者との間で相殺の合意をして保証債務を履行し、それによって主債務者の負っている債務の一部が消滅したとしても、主債務についての消滅時効を中断するものではない。

また、被控訴人は、控訴人会社から受領した第三者振出の約束手形についてその各満期日に支払われたことをもって、時効中断事由たる一部弁済に該当するとも主張する。しかし、手形を振り出した第三者が自ら負っている手形債務を履行したからといって、被控訴人が控訴人会社に対して有する残余の債権についての消滅時効が中断することはない。

(二) 本件仮処分による時効中断の主張について

ア 《証拠省略》によれば、平成二年三月一五日、被控訴人が控訴人道子を債務者として、本件仮処分の申立てをし、千葉地方裁判所木更津支部は、同月一九日に本件土地についての処分禁止の仮処分を決定したこと、控訴人道子は、同年六月一一日、本件仮処分に対する異議を申立て、同年九月一四日に第一回口頭弁論期日が開かれた後、平成五年一〇月八日まで一九回の口頭弁論期日が重ねられ、同年一二月一七日に仮処分決定を認可する判決(本件仮処分異議判決)が言い渡されたこと、本件仮処分申立ての段階で被控訴人は、控訴人会社に対する債権として原判決の事実欄第二の一2の(1)ないし(3)記載の各債権と同一の債権を主張していたこと、その後、被控訴人は仮処分異議訴訟の第一四回口頭弁論期日(平成四年一二月二五日)で、同日付準備書面を陳述し、はじめて原判決の事実欄第二の一2の(4)記載の各債権の主張を追加したこと、そして、本件仮処分異議判決では、この追加主張された債権を含めた金額から、仮処分決定後の手形の決済等で弁済された分を減額して、平成三年三月三一日の時点での債権合計額が八一六八万九七九二円であると認定されたことがそれぞれ認められる。

イ ところで、受益者に対する詐害行為取消訴訟の提起あるいは詐害行為取消権を被保全権利とする仮処分の申立てに、債権者の主張の基礎となる債権についての消滅時効中断の効力が認められるかについては、当該債権の存否は先決問題であって直接の訴訟物ではないこと及び各手続の相手方が債務者自身ではないことの二つの点が問題となる。

しかしながら、訴訟物でないとはいえ、右の各手続において債権者の有する債権の存否、内容は、詐害行為取消権の存否の判断の前提として欠くことのできないものである。そして、その債権に関する主張が訴訟や保全処分といった裁判手続の中で明確にされている場合には、当該債権について権利行使がされたのと同様の状態にあるともいえる。すなわち、受益者は、当該債権の不発生、無効・取消、消滅その他の債権の不存在に関する証拠を裁判所に提出し、この点に関する裁判所の判断を受けるべき立場に立っているのであって、それらの証拠を提出することなく、時間の経過による債権の時効消滅を主張しても、裁判に勝訴することはできない状態にある。

ウ そして、《証拠省略》によれば、本件においては次のような事実が認められる。①受益者である控訴人道子と詐害行為をした債務者である控訴人会社の代表者花澤満雄は夫婦である。②本件土地その他の土地を取得して満雄自身や控訴人道子あるいは控訴人会社の所有名義としたうえ(なお、当裁判所も本件土地が控訴人会社の所有であったものと判断するが、その理由は原判決の理由欄三の記載と同一であるからこれを引用する。)、これを順次売却処分し、控訴人会社の資産として最後に残った本件土地を控訴人道子に譲渡し本件登記を経由するなどの判断は、すべて花澤満雄がしたものである。③同人は、本件仮処分に対する異議訴訟の審理にも殆ど毎回出廷していたが、これに対し控訴人道子が出廷したのは同人の尋問が行われた期日のみであった。④同訴訟では被控訴人の控訴人会社に対する債権の存否と内容が主要な争点として審理され、花澤満雄も証人として証言している。⑤また被控訴人は、平成二年五月七日、控訴人会社を相手方として本件訴訟で主張している各債権について債務弁済調停の申立てをし、仮処分異議訴訟と並行する形で調停が続けられたが、調停成立の見込みがないことから平成五年七月七日に取り下げた。⑥一方、控訴人会社も、同年八月二三日、被控訴人を被告として、被控訴人がかつて控訴人会社から買い受けて訴外総武三菱自動車販売株式会社に売却した千葉市浜野の土地等について所有権移転登記抹消登記手続等の請求訴訟を提起し、この訴訟の中でも被控訴人の控訴人会社に対する債権の存否と内容が争点となっている。

右の各事実からすれば、本件仮処分は控訴人道子が債務者であって、控訴人会社を債務者とするものではないとはいえ、詐害行為をした債務者である控訴人会社の代表者である花澤満雄が実質的に本件土地の控訴人道子への譲渡や本件仮処分、仮処分異議訴訟等への対応にあたっていたものということができる。そしてこれに控訴人道子と花澤満雄の前記関係をも併せて考慮すると、本件仮処分の決定が控訴人道子に送達された時点から、時効消滅が問題とされる債権の債務者である控訴人会社は、右決定のなされた事実を知っていたものということができる。このように時効の利益を受ける立場にある控訴人会社が、本件仮処分決定のなされた事実について明らかに知っており、詐害行為取消権による仮処分の基礎をなす債権の存否につき、仮処分異議訴訟において実質上の当事者として訴訟活動をしていたと評価される特別の事情が存する場合には、本件仮処分による時効中断の効果が、詐害行為取消権の基礎となる債権の債務者である控訴人会社に及ぶものと解するのが相当である。

エ したがって、本件仮処分には被控訴人の控訴人会社に対する債権についての消滅時効中断の効力が認められるのであるが、その効力の生じる時期は、前述したところからすれば、原判決の事実欄第二の一2の(1)ないし(3)記載の各債権については本件仮処分を申し立てた平成二年三月一五日、同(4)記載の各債権については仮処分異議訴訟で被控訴人からその主張のなされた平成四年一二月二五日と認められる。

4  被控訴人の有する各債権の消滅時効期間と時効完成の有無

(一) 原判決の事実欄第二の一2の(1)記載及び理由欄二1記載の債権は、被控訴人が、控訴人会社から、その従業員や訴外高千穂工業株式会社等の振出名義の約束手形の割引依頼を受けて割り引き、被控訴人の取引先である商工組合中央金庫千葉支店で再割引を受け、これを原資として控訴人会社に割引金を交付していた手形のうち、不渡りなどによって被控訴人が商工組合中央金庫より買い戻したものについての右手形割引契約に基づく控訴人会社に対する買戻請求権であり、したがってその消滅時効の期間は、商事債権として各手形の満期日(手形不渡りの時点)から五年間と解される。

そして、《証拠省略》によれば、このうち平成二年三月一五日の五年前である昭和六〇年三月一五日以降に満期の到来するものは一四三通、額面合計一一二三万二九〇〇円であることが認められる。

(二) 原判決の事実欄第二の一2の(2)記載及び理由欄二2記載の債権は、被控訴人が控訴人会社から、そのダミー会社であった古川自動車販売及び京菱自動車販売振出の約束手形の割引依頼を受けて割り引き、前記商工組合中央金庫千葉支店で再割引を受け、これを原資として控訴人会社に割引金を交付していた手形のうち、同様に不渡りなどによって被控訴人が商工組合中央金庫より買い戻したものについての控訴人会社に対する買戻請求権である。もっとも、この中には被控訴人が控訴人会社に対して販売した中古自動車の代金支払のために振り出された手形の存することが窺え、それについては原因債権の消滅時効として民法一七三条一号により二年間の短期消滅時効の適用が考えられるが、本件においてはそれがいずれの約束手形であるかについて本件全証拠によっても特定することができない。したがって、この債権についても、消滅時効の期間はすべて商事債権として各手形の満期日(手形不渡りの時点)から五年間と解するのが相当である。

なお、控訴人らは本件仮処分で被控訴人が主張したのは、控訴人会社振出にかかる二通の約束手形債権であって、古川自動車販売及び京菱自動車販売振出の細分化された約束手形ではないというが、本件仮処分申請の内容及び疎明方法を全体として見れば、右に述べたとおりに認めることができる。

そして、《証拠省略》によれば、このうち平成二年三月一五日の五年前である昭和六〇年三月一五日以降に満期の到来するものは九九通、額面合計二〇五一万三七二〇円であることが認められる。

(三) 原判決の事実欄第二の一2の(3)記載及び理由欄二3記載の債権は、被控訴人が、控訴人会社に販売した中古自動車の代金支払のために受領した手形、あるいは控訴人会社の資金繰りのために割引依頼を受けて割り引き、被控訴人が訴外三菱商事自販株式会社などで再割引を受け、これを原資として控訴人会社に割引金を交付していた手形のうち、同様に不渡りなどによって被控訴人が買い戻したものについての控訴人会社に対する買戻請求権である。したがって、この中にも手形債権として三年間、あるいは前同様に原因債権について二年間の短期消滅時効の適用が考えられるものが含まれている可能性が存するが、本件においてはそれがいずれの約束手形であるかについて本件全証拠によっても特定することができない。したがって、この債権についても、消滅時効の期間はすべて商事債権として各手形の満期日(手形不渡りの時点)から五年間とするのが相当である。

そして、《証拠省略》によれば、このうち平成二年三月一五日の五年前である昭和六〇年三月一五日以降に満期の到来するものは二一通、額面合計九二七万円であることが認められる。

(四) 原判決の事実欄第二の一2の(4)記載及び理由欄二4記載の各債権については、前述のとおり、被控訴人が仮処分異議訴訟でその主張をした平成四年一二月二五日に時効中断の効力が生じたものと考えられるところ、《証拠省略》によれば、いずれも商事債権として五年間の消滅時効、あるいは民法一七三条一号による二年間の短期消滅時効にかかるものであること、そしていずれも平成四年一二月二五日にはすでに消滅時効が完成していることが認められる。

(五) 以上によれば、被控訴人が控訴人会社に対して有すると認められた1記載の債権のうち、時効消滅していないものは(一)ないし(三)の合計四一〇一万六六二〇円ということになる。

5  被控訴人の訴の一部交換的変更について

一般に仮処分の本案訴訟においては、仮処分によって形成された法律状態は考慮すべきでないことからすれば、本件のように本件仮処分について仮処分解放金が定められ、これが供託されたことにより本件仮処分の執行が取り消されたとしても、仮処分の効力はそのまま仮処分解放金の上に存在し、本案訴訟に影響を及ぼすことはなく、被控訴人は依然として控訴人道子に対し本件登記の抹消請求をなし得るものと解される。なお、民事保全法六五条の規定によれば、詐害行為取消権を保全するための仮処分においては、供託された仮処分解放金については債務者(控訴人会社)が供託金の還付請求権を取得するものの、この還付請求権は本案の勝訴判決が確定した後に、仮処分債権者(被控訴人)が詐害行為の債務者(控訴人会社)に対する債務名義により右還付請求権に対し強制執行をするときに限り行使できるものとされている。

二  結論

以上によれば、控訴人道子の控訴は理由がないので棄却するが、被控訴人の控訴人会社に対する請求は、金四一〇一万六六二〇円及びこれに対する平成六年八月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないので棄却すべきであり、これと異なる原判決の主文第三項を控訴人会社の控訴に基づいて本判決主文第四、第五項のとおり変更し、また被控訴人の控訴人道子に対する訴の一部交換的変更も理由があるので、これと異なる原判決主文第二項を被控訴人の附帯控訴に基づいて本判決主文第三項のとおり変更することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 原敏雄)

〈以下省略〉

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